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2010(H22)年

 

1月

04(月)時間? A(法)から電話。次回の打合せ日を決めた。
 妙な事件。仕事を終って家に帰ってみると、○○温泉○○湯で馴染みの○男さんから頂いた焼肉のタレ、1リットルのペットボトルに一杯分入っていたのだが、その1/4が無くなっていた。妻の○子侵入か。
 警察に電話したが「別居中の配偶者は侵入しても罪にはならない」と取り合ってもらえない。執拗に訴えると「では、伺いましょう」と警察。「本気でやってくれるのか」などと私。結局来ないことになった。タレの一部を保存。砒素でも混入されていないか、と疑っている。
 
23(土)これも妙な事件。
 木綿の手袋(茶碗洗いの時などに、ビニール製手袋の下につける)が両手分とも台所のシンクの中に落ちていた。自分としては考えられないこと。妻の○子侵入か。妻はわざと証拠を残すところがある。わざと接触をほのめかす所もある。
 
24(日)これも妙。
 書斎の机上に一袋の未使用のルーズリーフノートの固まり。長女の物のよう。サイズは2種。
 何時置いた?暫く書斎に入っていないので気付かなかった。木綿の手袋の件と同じ時?長女も一緒?
 

2月

10(水)「2/25向けの下書き案」完成。
 
15(月)15.00 A(法律事務所)で打合せ。
 
22(月)15.00 A(弁)から資料受け取り。
 
23(火)15.00 A(弁)に朱書き資料の引渡し。
 
25(木)11.00 家裁

3月

30(火) A(弁)に電話。
 「準備が間に合いそうにないので、4/13の裁判日を延ばすように求めるつもり」とのこと。
 事前打合せが4/13の15.00になった。
 

4月

07(水)時間は昼過ぎ。A(弁)に電話。
 「裁判日変更の申入れはまだだ。タイミングを計っている」とのこと。タイミングとは何のためじゃ!
 
13(火)11.00 延期予定の地裁の日。
 11.10頃と15.50頃、所内の掲示物で確認。心配していた企み(こちらには裁判日の変更を伝え、実際には予定どうり実施して○子の出廷をさせる計画)はなかったようだ。
 15.00 A(法)で打合せ。
 
30(金)15.00 A(法)で打合せ。
 「給与(私、○子)の預入・払戻関連の資料」を渡した。手作りだ。
 

5月

07(金)A(法)で打合せ。
 「生保資料」を持ち込んだ。勿論私の手作りだ。A(弁)からは「通帳に記録のない預入・払戻の資料」をもらった。
 
21(金)A(弁)から電話。
 5/24の11.00 打合せ。「今回は十分なものを出せない。次回に追加したい」とのこと。
 
24(月)11.00 A(弁)と打合せ。
 何のことはない。明日の提出書類にはこちらの提案(次の2件)は入らない模様。即ち、
@ 給料の入金即引出し、別口座への入金
A 年収−年間支出=収支計       の2件。
 私の提案では説得力がないとのこと。「え?」と思った。どうも誰か(妻の○子かも?)との相談の結果、腰を引いたという印象だ。
 
25(火)10.15 地裁。
 サプライズ(何を予想したか思い出せない。審理終了などを疑ったか。)は起きなかった。「今日は裁判後の打合せは出来ない」とのこと。何か企みでも?
 
28(金)○○駅前で食事。
 X銀行・○○支店を訪問。支店長代理と2件の「振込送金」について尋ねた。(詳細は別途)
 

6月

04(金)A(弁)に電話で「資料の持込と面談」を申入れ。
 「給与(私、○子)の預入・払戻関連の集計表」のこと。6/7の13.00の日程になった。
 
07(月)A(弁)と面談。
 「給与(私、○子)の預入・払戻関連の集計表」を渡した。「今度は自分の番ですね」とA(弁)。「訴訟のまとめ、とりわけ『不明金に対する請求額の算定』」のことであろう。
 それにしてもA(弁)も粘り強い。私が記録を調べてはまとめ、クレームのようにして弁護士に出すが、このしつこい依頼人が根負けしそうなほど良く対応してくれる。ぬらりくらも多いが頭も下がる。                            

7月

02(金)A(弁)に電話。
 「7/15用の打合せはいつか」→7/7の13.00になった。
 
13(火)17.00 A(弁)と打合せ。
 ○○さんの資料チェックで「奥さんの○子さんの家計表に集計ミスがある」とのこと。○年?○年?(その後の調べで○年と判明)
 A(弁)、これまでの一覧表集計は奥さんの○子さんの集計のままで、隠し金の存在などが浮かび上がらず面白味がないので集計方法を考えてみるとのこと。
 結局、今日まで「新しい 集計方法」は出て来なかった。
 
15(木)10.30 家裁
 次回からB(弁)の「資料や求釈明への回答」となるとのこと。
 

8月

10(火)15.00 A(弁)と打合せ。
 何も出来ていなかった。言い訳ばかりだった。各年各月の「収入−支出=残金」をまとめているはずだった。(H11、12、13?の3年分を出すようお願いしていた)
 

9月

06(月)15.00→16.30に変更。A(弁)と打合せ。
 少し様子が変だった。9月09日10.20予定の裁判日時の変更をすでに知っていたのかも。 
 
08(水)16.00頃 A(法)の事務員○○さんから電話。
 「日時変更とのこと。9月9日(木)10.20→10月21日(木)10.15に」(A(弁))
 
09(木)10.20 本日裁判予定日→10月21日(木)に。
          
27(月)地検(○○支部)に電話。9月30日に来てくれとのこと。
 
29(水)8.50〜12.00 地検(○○)
 X銀行告訴について相談。統括検務官・○○さんに。
 

10月

01(金)18.45頃 風呂から帰ったところ。
 食卓左の書類の山の崩れがいつもと違っていた。○子が来たかも知れないと思った。地検・○○さんから相談内容が妻の○子に伝わった? まさか!
 後日だが、地検・○○さんとの話し合いの中で「なんとか円く収まらんものですかねえ」とか「女の○○党員の人は頭がいい人が多い」と言ったりで、それとなくこの人も党員で妻の○子を知っているのではないかとの疑問はある。 
 
13(水)11.00 A(弁)と打合せ。
 次回裁判用(10.21)に「振込証明書」が偽造であるとの私の調査結果を弁護士に渡し説明した。裁判所に提出するようお願いした。
 
15(金)裁判所から電話。
 「調停時分の文書閲覧」はOKとのこと。(少し前に許可をお願いしていた)
 
18(月)裁判所で「調停時分の文書」の半分を閲覧。
 7月00日付調査嘱託(対、郵便局やX銀行)を両弁護士とも閲覧した記録があった。表に出た物と同じか、それとも別物か。この確認は再度申し入れた時にやる。
 
( 私は、原告側が、一旦郵便局やX銀行が調査嘱託に回答した物を取り下げさせ、改変した物を回答として提出したのではないかと疑問に思っている。当時、調査嘱託が1ヶ月ばかり遅れ、「文書作成・発送を忘れていた」と書記官が謝罪したからである。「忘れていた」のではなく「差し替えさせた」が事実かも知れない。
 ○子なら(弁護士を抱き込んで)それくらいの依頼はすると考えている。)
地検・○○さんから来てほしい旨の電話。
 
 
19(火)地検○○・○○さん。
 告訴状の作り方を教わった。色々な話の中で「何とか縁を戻すことは出来ないですかねえ」との○○さんの言葉が突然で、「○子と繋がりがあるのかなあ。この人も○○党員?すると○子に伝わったかな?○子が私を殺しに掛かるかも」と思ったりした。      
 
21(木)10.15 地裁
A(弁)は、私がお願いしていた「振込証明書」が偽造であるとの調査結果を提出しなかった。「今日は任せて下さい」の一言だけだった。何故提出しないのかと一層の疑問。 
 裁判所の入口で、相手方B(弁)が心なしか「ぼー」と歩いているのが見えた。A(弁)から「振込証明書の偽造調査」が伝わったのかもしれないと思った。
 
26(火)A(法)事務所に。
 相手方B(弁)からの準備書面の内容チェック分を届けた。A(弁)は不在とのこと。 
 
29(金)午前 家裁で。
 調停時の文書(残り半分)を閲覧し謄写した。事務主任の○邑さんが疑問を
 呈してきた。
 
 10.00頃、散歩の途中にA(法)事務所に。
 
 @ X銀行○井支店発の11M、4C問題の問合わせの件 
 A 「振込証明書」未提出分 

    2件の提出を求める件(10/19頃、電話で申入れ)の中止を求めた。
 @Aとも、時期尚早と考えたから。 
 

11月

04(木)15.00 A(弁)と打合せ。
@ 10/21の裁判官の「主張のまとめをもう少し進めて…」A(弁)の「何となく分
   かりました」のやりとりの意味するものは何か? 
A B(弁)に「偽造振込証明書」の件を話したのか。
B X銀行・○子の「偽造振込証明書」発行事件の「告訴」を引受けてくれないか。   

以上の3点を問合わせた。 Bに付いては従来通り拒否された。変な弁護士
である。
 
これまで、上記AX銀行の、12回で計2.700万円に上る「偽造振込証明書」発行
事件の追究をお 願いしても、 別件Cの郵便局やX銀行の「調査嘱託の不正
確回答」の追究をお願いしても、いずれもダメだとだけ言って応じてくれない。
今回もだ。
 
   A は、私の足でX銀行の各支店に出向き調査した内容も含めて十分な証
      拠を提示しているのにである。

C の「調査嘱託の不正確回答」については、何度追究を申し入れても「金融機
   関が調査嘱託で 預貯金通 帳が無いように不正確回答をしても、彼等には何
   の得にもならないからそんなことをするはずがない」と 答えるだけである。 
   私から見ると、銀行側もお客の申出をむげに断れずに申し出に応ずることも
   多かろうにと思うのだが。
 
 結局、Aは自分が告訴した。Cは追究できないままである。
 
 このように被告である私の弁護士なのに私に協力しないで、原告やその弁護
 士に協力している印象が強いのである。まさに変な弁護士である。
 
  「弁護士を代えればよい」のであるが、隣市の弁護士には「(この離婚訴訟に
  関連して)義兄○○氏を訴えた事件」で、「証拠が不十分で依頼人と弁護士の
  間で争いになりそうだから」と、また市内の若い女性弁護士には「これだけの
  資料を読みこなす能力がうちの事務所には無いので」と拒否された。
 
 また、○○党の○○弁護士には、「相手方のB(弁)はそれこそ「○○党系と
 かの○○法律事務所」の生みの親であり、争うわけにはいかない」と拒否された
 のである。「代わりの弁護士」の探しようが無いのである。  
 
19(金)午後。(午前の予定だったが)家裁・○山書記官に。
 調停段階での疑問についてあれこれと質問。  
 
22(月) 家裁で。調停の実施日をコピー。
 
24(水) 地検
      ○○統括管理官に「告訴状」の原稿を持参したが、困惑の雰囲気があった。この困
      惑感はひょっとして「同僚?○○党員である私の妻の○子をかばいきれないかも」と
      思ったのではないかと邪推した。原稿の添削を依頼した。
 
26(金) A法律事務所で、準備書面(案)受け取り。
 
29(月)15.30 A(法)で打合せ。
 
30(火)11.00 地裁
初めて私が本気発言。「通帳がなくなったなど信じられない」。これは、B(弁)
が「長女の通帳が見つかった」との説明直後で突発的発言だった。
 

12月

07(火)A(弁)に電話。
「偽造振込証明書」の件、「早くしないと、煙香(えんか)が冷める(時期を失う)」
と裁判所への早 期提出をお願いした。
 
17(金)A(弁)に電話。不在とのこと。
 
20(月)A(弁)に電話。
A(弁)「「偽造振込証明書」の資料説明書の件ですね」。私「首を長くしています」などの挨拶の後、「10.00か ら裁判がありますので、後で電話します」とのこと。既にほぼ10.00であった。その後、約束の電話はなかった。「資料説明書の準備はあと少し」とは言っていたが、○○支店の2件とかも含めて、しどろもどろで全くやっていない印象。
 
21(火) A(弁)事務所に「○島りんご」を持参。
 「偽造振込証明書」の資料説明書を受領。急いでやったのか、結構出来ていた。 
 
24(金) A(弁)と面談。
 「偽造振込証明書」の「NO11は○見支店」とした「銀行からの聞取り書」について「答えた銀行員が私の妻の○子だったみたい」と皮肉を言ってやった。「NO11は○井支店発行」の「偽造振込証明書」であるのは明確な ことなのだが、それを敢えて「NO11は○見支店」としたのは何故なのか理解に苦しむところだ。強いて言えば 私を混乱させるものともいえるが、こんなつまらない手口を誰が思いついたのであろうかとも思う。
 この「聞取り書」は、A(法)事務所の○○さんがX銀行に問い合わせた時のものとのA(弁)の説明。私は直感的に、A(弁)と○子の打合せの結果の一部ではないか、自作自演ではないかと思った。
                                  
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