2009(H21)年
1月
20(火)14.30 家裁○○
27(火)13.00 A(法律事務所)で打合せ。
2月
06(金)13.00 A(法)で打合せ。
13(金)14.30 A(法)で打合せ。
20(金)13.00 A(法)で打合せ。
25(水)10.00 A(法)で打合せ。
26(木)この日の(10.30 家裁)が(3/17の11.00)に延期。
3月
12(木)10.30 A(法)で打合せ
16(月)14.00 A(法)で打合せ
17(火)11.00 家裁○○
25(水)14.00 A(法)で打合せ。
今回、争点絞込みをしたものを示してもらえる筈だったのに、それがなかった。その点をお聞きすると忘れていたとか。(少し疑問に思った。)「郵便局への毎月の1〜2万円の貯金の件は外しません」と前回断っていたことなどについて改めて説明したら、言葉を濁していた。
当方のA(弁)先生はポイントになると、どうも妻の○子とかB(弁)先生に相談しているのではないかと疑ってしまう。
4月
01(水)14.00 A(法)で打合せ。
家計簿十数年分を預かって全てをコピーすることになっていた件で、お茶を出してくれていた事務の○田さんから「ゆっくりコピーしています」と話した後のこと、「コピーを遅くしているのは作戦」とA(弁)。それ何のため?「だから家計簿はまだ相手方B(弁)に返送していない」とのこと。
この時、「事務の○田さんではなく妻の○子が(土)(日)などにA(法)事務所でコピーしているのではないか。また、A(弁)は家計簿の中で読み解けていないものを妻の○子に確認しているのではないか」と疑った。これまでのこととも考え合わせるとかなり濃い疑問。
07(火)時間は? A(法)で打合せ。
以前にB(弁)が、求釈明項目の検討をしたいので家計簿を返却してもらいたいと申出ていた件について、4/1の「家計簿をまだ返送していない」について直接苦情を伝えた。先方の裁判期日の残り日数を削ることになり、こちらにも良くないと思ったので。
28(火)11.00 家裁○○
裁判の後で、「相手方(弁)はまだ『ひやっ』としていないのではないでしょうか。あまり資料を読まず回答しているみたいです」とA(弁)先生。「とぼけているのでは?」と私。A(弁)先生は「そうかもしれません」とだけ。
5月
22(金)14.00 A(法律事務所)で打合せ。
31(日)14.00 A(法)で打合せ。
6月
01(月)14.00 A(法)で打合せ。進行状況の説明があった。
02(火)時間は? A(弁)先生にクレーム。
事例ごとにH11年分とかをまとめて欲しい。例えば、「生命保険満期解約後即出金」などと申し上げたところ「あなたと考えは同じだ」とのこと。「同じだ」がピンと来なかった。
11(木)15.30 A(法)で打合せ。
12(金)時間は? A(弁)先生にクレーム。
「前回のクレームのようになっていない」と私。「来週の6/15にして欲しい」と先生。
15(月)15.00 A(法)で打合せ。
この日のことと思う。3階の事務所。廊下側の出来て初めての2畳ほどの小部屋。何気ない会話の中でA(弁)先生が「息子さんの家新築おめでとうございます。」と言ったことに驚いた。
怪訝に思いつつも黙っていると「300万円のお祝いの件です」ともう1度同じようなことを言った。
そのまま黙っていたところ、気が付いたらしく慌てた様子で「結婚資金でしたね」と訂正した。長男が家を建てたことを妻の○子から聞いたようだ。私は触れてもいないことだ。そもそも(自分がミスったことに気付いて)訂正したこと自体が大問題である。
16(火)16.00 A(法)打合せ、中止。
18(木)家裁中止。
7月
14(火)15.30 家裁
8月
03(月)相手方B(法)に電話。
先生との面談を申し込むが、先生にお伝えして改めて返事をするとのこと。
以下相手方B(弁)へのアタックは、妻の○子が当方のA(弁)に接触していることがほぼ明確になった以上は、こちらが相手方B(弁)に接触を求めても許されるであろうし、相手方B(弁)の○子への認識を変えさせられるかも知れないと考えたからである。
04(火)相手方B(法)から文書にて返事。「ダメ」とのこと。
05(水)相手方B(弁)本人からから手紙。「断る」とのこと。
07(金)時間? A(法)に電話。
10(月)8/7に続いて、A(法)に電話。
「郵便局の預貯金記録の開示義務(5年)の効力停止を求めて欲しい。」と申し入れ。「考えてみるが難しい」とA(弁)先生。
19(水)相手方B(弁)に手紙。
「諺に『正々の旗、堂々の陣とは戦うな』(弱そうに見えても、あまりの正義を持ち死ぬ気ほどに腹を据えた相手とはことを構えるなの意味)とあるが、この裁判は○子に正義がなくこれまでの先生の名声を損なうものです」といった内容。
25(火)相手方B(弁)から手紙。
「手紙の受け取りも断る。弁護士を通じてくれ」とのこと。(当然だが、妻の○子が当方のA(弁)に接触していることは知っているはずだぞ。)
9月
15(火)時間は? 家裁
相手方B(弁)・当方A(弁)が一緒に入廷。私はA(弁)が見当たらなかったので、少し先に入廷していた。提出の書類の確認を1〜2分した後、A(弁)が「郵便局の調査嘱託は10年も遡ることが出来るのですか?」とB(弁)に。B(弁)は「やってみないと…、あそこ(広島の郵便局中国支局?)の人はとろいから」とか言っていた。
話の内容(提出書類の中身に触れてのこと)は分かった。つまり、B(弁)から再度の調査嘱託をかけるというのだ。
でも、第1にB(弁)から調査嘱託を掛けるのは○子の弁護人としておかしいし、1度は当方のA(弁)が掛けていて10年にはなっていないものなのだ。
第2に出廷前に弁護士同士のやりとりがあったということではないか。
郵便局口座については、妻の○子側は「捨てた」とか「無いものはない」など強弁しているが、別居の直前まで入金していた記録が家計簿にもあり、譲れない一線となっている。
(面白いことに、A先生は月々1〜2万円の郵便貯金の件は外しましょうと2度ばかり言っていた。私は、証拠の残る貴重なものと言って譲らないのである。今回、相手方B先生が「10年も遡る」を持ち出したのは(私が諦めるまでの)時間稼ぎのようにも思った)
閉廷後さりげなく尋ねたところ、当方のA(弁)は「事前の会話はしていない。今日は法廷に入る直前に会っただけだ」とのこと。
直後に面白い事件。私が、「B先生に手紙を出したがそのまま戻ってきた」とその手紙をA先生に渡した。
渡された3枚つづりの手紙をぱらぱらとめくって直ぐに「正々堂々」ですか、と大笑いをしていたが、おやっと思った。ほとんど読みもせずに内容が分かっている。B(弁)先生から戻ってきた手紙は確かに開封されていなかったように思ったのだが。ひょっとしたらB(弁)先生は封の底を空けたのかもしれない。
誰だったかある弁護士が書いていた何かの本の通りだ。ひょっとしたらB(弁)先生は封の底を空けたのかもしれない。そう思ったが、その封書1通はA先生に渡したままだ。
どうやら、私がB先生に出した手紙についても話し合っていたようだ。
10月
02(金)14.00 A(法)で打合せ。
A(弁)の質問書とB(弁)の答弁書を摺合せたものについて説明してもらった。
27(火)11.15 家裁
X銀行各支店からの(振込)送金の件。A(弁)が相手方B(弁)に質問したが、大した追及にはならなかった。
11月
09(月)16.00 A(法)打合せ
12(木)11.50 A(法)に電話。
「郵、5年期限の効力停止」の作業を促進するよう、再度(5回目?)申入れ。「あなた自身が郵便局に問合せては(私に出来るわけがないではないか。だからお願いしているのだ。こういう点が疑問に感じる理由だ)」との話もあったが強いてお願いした。
「郵、五年期限の効力停止」の件はH24.4の今日まで取合ってもらえていない。
17(火)16.00 A(法)打合せ
19(木)15.00 A(法)打合せ
26(木)11.45 家裁
驚いたことに時間が11.45→11.15に変更になっていた。勿論私は遅れていて出席出来なかった。「次回の裁判案内の文書に書き入れていたが電話で確認しなくて悪かった」とA(弁)は待ってくれていた。当方は気付かなかった。
一度も裁判に顔を出さない妻の○子だけを出席させるためのトリックかと邪推して、後で書記官に裁判記録を見せてもっらったが出席者名簿に妻の○子の名前はなかった。
30(月)時間は? A(法)打合せ。
今後について相談。
両者が激しく言い合う。「いつでもお互いが、『止めた!』という状態ですね。」とA(弁)。「お互いが『寸止め』だから続いている」と私。
私は調停の終了段階の時の話しをした。突然「あと1回で調停が終了となります」とA先生が仰って、「(要求していた資料がまだ出ていない段階であり)それは困ります」と私が言った時、「それではあと3回くらい」と先生は引き取ったのだが、直後の回では皆が起立の中、否応なしに調停が終了させられたことを話した。それが後遺症となっていることも話した。
私の郵便局やX銀行他の調査嘱託回答への疑問、「2,700万円に上る、お客のお金の振込送金」への疑問も話した。A弁護士の、相手○子側への肩入れを私が疑っていることは当然話さなかった。
疑っているとは、どうして当方のA(弁)先生が「長男の家新築」を知っているのか等である。(妻の○子から聞いた以外にはない)また、以前に私が「○子とこちらの弁護士が接触しているように思う」と長女に話した件で、つい先だって長女が電話で「お母さんは初めの中だけと言っていたよ」と言っていたからである。
次回は12/9 15.00の打合せ。
今後の進行
@ 年内に訴訟進行の意見書がB(弁)から出される。
A (最終の)尋問前の陳述書(原告も被告も)。
B 当方被告の陳述書は4月くらいまでかかりそう。
以上であった。
12月
09(水)15.00 A(法)で打合せ。
前回の打合せに続き「寸止め」の会話が続いた。最終の弁論に至ることに強く反対した。理由は調停終了の突然の打切りのトラウマ(後遺症)である。私には欺されたという悔しい思いが今も残っている。これまでの4年間分の詳しい金の追求と同じものを7~8年間分やって終了したい旨をA先生に伝えた。
24(木)10.50 家裁
相手方B先生からは「訴訟進行」の意見書は出なかった。
A(弁)の発言でそのやり取りは始まったが、B(弁)は「書面を出すとは言っていない」と述べ、その言葉をA(弁)が引き取って「最終弁論に向けての書類作りをする」と発言。結局はB(弁)ではなくA(弁)が自ら「最終弁論、訴訟進行」を図ったも同然である。A(弁)が一人芝居をしていた印象もあった。要注意である。
29(火)?30(水)? A(法)に電話。(留守録に)「2/25向けの下書き案がいつ頃できるか」を問合せた。