陸上競技マガジン参照
渡辺康幸個人10傑・日本歴代平均記録5000m
平均日本歴代6位
13分37秒455
1・高岡
2・瀬古
3・平塚
4・花田
5・新宅
6・渡辺13・26・53 94TSB国際
13・27・60 98東実長距離記
13・33・12 96GP大阪
13・34・05 95静岡国際
13・36・56 96東実長距離記
13・39・87 93オルクス
13・41・37 95南部記念
13・44・77 93国体
13・44・94 94ヌルミヤビ
13・45・74 93スーパー10000m
平均日本歴代4位
28分02秒334
1・高岡
2・瀬古
3・花田
4・渡辺27・46・39 98兵庫リレー
27・48・55 95世界選手権
27・51・97 96日本選手権
27・55・81 95日本選手権
27・55・86 96兵庫リレー
28・03・37 95兵庫リレー
28・07・94 94ローザンヌ
28・17・26 93ユニバー
28・18・03 94兵庫リレー
28・18・16 94関東学生
年次別記録 西暦
学年など上が5000m
下が1万m駅伝 マラソン 91年
高校3年14分06秒12
28分35秒8
高校記録高校駅伝
1区1位
92年
大学1年13分56秒63
28分52秒89箱根駅伝
2区2位全日本大学駅伝
2区2位93年
大学2年13分39秒87
28分17秒26箱根駅伝
1区1位区間新全日本大学駅伝
1区1位94年
大学3年13分26秒53
自己記録
28分07秒94箱根駅伝
2区1位区間新全日本大学駅伝
8区1位区間新95年
大学4年13分34秒05
27分48秒55
学生記録箱根駅伝
2区1位96琵琶湖
2時間12分39秒全日本駅伝
8区1位区間新96年
社会人1年13分33秒12
27分51秒97全実業団駅伝
欠場97年
社会人2年13分59秒95
28分31秒4全実業団駅伝
7区1位区間新98年
社会人3年13分27秒60
27分46秒39
自己記録全実業団駅伝
3区4位98福岡国際33Km途中棄権 99年
社会人4年-
28分29秒9200年
社会人5年14分01秒62
28分40秒5301年
社会人6年- 02年
社会人7年-
記載の間違いに気づかれた方はこっそりメールで教えてください、こっそり修正します。
| ●1992年度(大学1年) 「ゴールデン・ルーキー」 |
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高校時代の輝かしい戦跡を引っさげて早大に入学した、渡辺選手。 2年先輩には同じく高校時代から大活躍している武井、櫛部、花田が「早大三羽烏」との呼び名で学生陸上界に旋風を巻き起こしていた。当時早稲田のコーチ、監督をされていた瀬古さんに 「武井、櫛部、花田が10年に一人の逸材なら、渡辺は20年に一人の逸材」 とまで言わしめた渡辺選手のルーキーイヤーが幕をあけた。 |
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◎駅伝 マスコミは「ゴールデン・ルーキー」と表現し、優れた先輩選手とのコンビネーションで全日本大学駅伝初出場初優勝、箱根駅伝優勝といきなり2大駅伝の制覇を成し遂げた。 共に区間2位で、この山梨学院大のS・マヤカ選手とは同期でこの後もご存知のとおり渡辺選手にとって学生最大のライバルとなっていく。 井幡選手とも、この後駅伝で激戦を繰り広げることに・・・ |
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| ◎トラック 世界ジュニア大会(ソウル)での1万m銅メダル獲得、全日本インカレ5000m2位と順調に成果をあげた。今になって思うと92全カレの高岡・渡辺ワンツーフィニッシュが96五輪予選の日本選手権の最初の伏線となっていたのか! |
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| ◎総評 改めて年次記録で見ると初の13分台に突入したが1万mでは28分52秒と記録を伸ばした年ではなかった 大学2年もしかり、渡辺選手にしては爆発的な記録が出たとは言えない(高校記録の28分35秒の起点が高いともいえるが) ただし成長に手ごたえはあり、”天性の軽やかな走り”に磨きがかかっていった。1、2年次から”強引な走り”で爆発しなかったことがこの後3、4年次での伸びにつながったと思われる。 |
![]() 第69回箱根駅伝 1993 Copyright(C) "ekiden@photos" |
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| ●1993年度(大学2年) 「花田&渡辺」快進撃!小林雅幸入学で「ビッグ6」誕生 |
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| 早稲田大学はこの年に、武井隆次、櫛部静二、花田勝彦(4年)、小林正幹(3年)、渡辺康幸(2年)、小林雅幸(1年)と6人の5000m13分台、1万m28分台の選手を保有。この鉄壁のエリート選手とつなぎ区間を堅実にこなす一般入学組とのタスキリレーで93全日本大学駅伝では他校を圧倒し2連覇! 都大路の1区を制した小林雅幸選手が入学。小林選手も早稲田の環境の中で急激に力をつけていき1年の終盤には先輩選手に全く遜色の無い活躍を見せはじめる。2年目の渡辺選手は強力な先輩と優秀な後輩に挟まれ恵まれた環境で順調に力を伸ばしていく。 |
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◎トラック 全日本インカレのラスト勝負で花田選手に敗れる。 渡辺選手がトラックで勝つための決め手は「ロングスパート」だ。96五輪予選の第二の伏線に? |
![]() 第70回箱根駅伝 1994 Copyright(C) "ekiden@photos" 1区・渡辺康幸・1時間01分13秒 |
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![]() 第70回箱根駅伝 1994 Copyright(C) "ekiden@photos" |
◎駅伝 94箱根駅伝 中距離ランナーから力をつけてきた花田選手が5000m(13分28秒)、10000m(28分11秒)からハーフ(1時間1分58秒)の距離で躍進。 94箱根駅伝では花田選手が「花の2区」を担当し、渡辺選手を1区にまわす余裕の布陣で強烈な先制パンチを与え早稲田の独壇場になるシナリオだったのだが・・・山梨学院大学1区の井幡政等選手(3年)が影のように張り付き反撃。渡辺選手の驚異的区間新記録(1時間1分13秒)も思ったほどのダメージにはならず2区の序盤で花田選手は腹痛を起こし首位陥落、流れはS・マヤカ(山梨学院)にもって行かれることになる。 最終的にこの流れに乗った山梨学院が大方の下馬評を覆して優勝。早稲田大学「ビック6」を生かせずまさかの2位。 その後数年、早稲田は「往路優勝」は果たすものの、総合優勝は93年のみにとどまった。 |
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| ◎総評 ユニバー2位での28分17秒がこの年のベスト。 |
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| ●1994年度(大学3年) 5000m、10000m、ハーフマラソン、3種目で学生歴代2位 充実のトラックシーズン、駅伝でも絶対的な強さをみせる |
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![]() 第71回箱根駅伝 1995 Copyright(C) "ekiden@photos" 2区・1時間06分48秒 |
日本選手権では、93年には佐保希に世界陸上の出場権をわずの差で譲り、94年にはアジア大会の日本代表権も獲得はしなかったが、当時このあたり渡辺陣営はそれほど固執しているようには感じなかった。 関東学生2種目大会新V、全日本学生10000mでS・マヤカに敗れるも15年ぶりに瀬古さんの大会記録を更新。7月のヨーロッパ遠征では2種目とも学生歴代2位を記録。 5000m13分26秒はこの年の日本ランキング1位で、最終的にこの記録が渡辺選手の生涯ベストとなった |
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![]() 第71回箱根駅伝 1995 Copyright(C) "ekiden@photos" 2区・1時間07分20秒 |
◎駅伝 この頃の大学駅伝は早大VS山梨学院大の2強時代真っ只中。 全日本大学駅伝で8区(19.7k)で山梨学院大の中村祐二とのアンカー対決を制し伊勢路で負け知らずの3連覇を達成。 95・箱根駅伝では伝説の2区(23.0k)区間記録1時間06分48秒!を樹立。 S・マヤカも1時間07分20秒と従来の記録を更新し、史上最高のライバル対決として盛り上がりをみせた。 早大は(武井、櫛部、花田)の卒業で選手層が薄くなり、どちらかというとこの年は山梨学院大優勢の雰囲気だったと思うが早稲田大学は頭脳的な戦略で2区渡辺康幸、3区小林正幹、4区小林雅幸、3連続区間新で往路優勝を成し遂げた。 |
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●1995年度(大学4年) |
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◎トラック 力的には3年時すでに「27分台」の走力を持っていた感があったが、兵庫リレーで28分03秒と目前に迫り、6月の日本選手権で27分55秒とついに27分に到達。この頃テレビで「渡辺康幸エスビー内定」のニュースを聞いた覚えがある。 8月の世界選手権の予選で17年ぶりの学生記録(27分48秒55)を樹立。 5000m通過 13分51秒5 5000m後半 13分57秒1 残り1000m 2分39秒4 関東学生、全日本学生、ユニバーと学生相手に負けなし。 箱根2区の激走と、完璧なトラックシーズンから、世間では「有言実行」の男として過剰な期待を背負い始めた。 |
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| ◎最後の96箱根駅伝 渡辺選手は、2度目の2区「6分台」の1時間06分54秒でチームを波に乗せた。5区山登りでは小林雅幸選手が1時間10分27秒で区間記録を更新し往路優勝。この瞬間、早稲田大学は往路の区間記録をすべて持つことになり、6区と8区以外の区間記録を保持。 1996年時早稲田大学区間記録保持者 往路 1区・渡辺康幸 1時間1分13秒(94年) 2区・渡辺康幸 1時間6分48秒(95年) 3区・小林正幹 1時間2分49秒(95年) 4区・小林雅幸 1時間1分35秒(95年) 5区・小林雅幸 1時間10分27秒(96年) 復路 7区・武井隆次 1時間2分53秒(93年) 9区・坂口泰 1時間9分53秒(83年) 10区・遠藤司 1時間4分05秒(84年) ◎初マラソン アトランタ五輪選考会96年・東京国際マラソンでマラソンデビューする予定だった渡辺選手。当日テレビをつけたらいきなり「渡辺康幸選手は故障欠場です。」とアナウンサーが言っていたので驚いたものだ。 今思い出してもこの頃の、「早田、渡辺」選手には過剰な期待がかかっていた記憶がある。早田選手も残念ながら途中棄権しスピードランナーでスターの2選手にはあまりに残酷な結果だった。 渡辺選手はスライドして3月の琵琶湖毎日マラソンに出場。 2時間12分39秒・7位 この結果でアトランタ五輪のマラソン代表の夢は潰え、すぐに10000mでの出場権獲得へ切り替えることになった。 その後、フルマラソンの完走はなく、これが渡辺康幸のマラソンの生涯記録となった。 |
![]() 第72回箱根駅伝 1996 Copyright(C) "ekiden@photos" 5区・小林雅幸・1時間10分27秒 |
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