SB
花田選手特集、ヱスビー食品時代

花田勝彦選手
エスビー食品
エスビー食品記録
1500m 3分41秒42 荻野淳 1991年
1マイル 3分59秒25 山本豪 1996年
3000m 7分52秒10 新宅雅也 1987年
5000m 13分23秒49 花田勝彦 1999年
10000m 27分42秒17 瀬古利彦 1985年
10マイル 45分40秒 新宅雅也 1984年
ハーフ 1時間01分38秒 花田勝彦 1998年
30Km 1時間28分52秒 瀬古利彦 1987年
マラソン 2時間07分52秒 国近友昭 2003年
3000mSC 8分19秒52 新宅雅也 1980年
エスビー食品マラソン歴代6傑
1 2時間07分52秒 国近友昭 2003・12・7 福岡
2 2時間08分27秒 瀬古利彦 1986・10・26 シカゴ
3 2時間08分35秒 武井隆次 2002・3・3 びわ湖
4 2時間08分45秒 西田隆維 2001・2・4 大分
5 2時間09分51秒 新宅雅也 1985・12・1 福岡
6 2時間10分02秒 花田勝彦 1997・3・2 びわ湖

◎花田選手とヱスビー食品
※年度別(4月1日〜3月31日)ではなく年別(1月1日〜12月31日)で区切り集計しています。
※敬称が略される場合もあるかもしれません、ご了承ください。
※資料・記録の多くは「陸上競技マガジン」「月刊・陸上競技」を参考・参照しています。

◎花田選手と1996年アトランタ五輪(10000m)
◎花田選手と1997年世界選手権(マラソン)
◎花田選手と2000年シドニー五輪(10000m)
◎花田選手とトラック種目
◎花田選手とマラソン
SB
〜 1994年 平成6年 〜
ヱスビー食品 社会人1年目(23歳)

1994年 花田勝彦選手主要レース結果
1月2日 箱根駅伝 2区23.0km 区間3位 1時間08分14秒 早大2位
3月13日 リスボン・ハーフマラソン 21.0975Km 21位 1時間04分05秒
4月24日 兵庫リレーカーニバル 10000m 13位 28分48秒18
5月21日 東日本実業団 20000m 1位 58分55秒9 自己新
6月11日 日本選手権 10000m 8位 28分46秒50
6月12日 日本選手権 5000m 1位 13分34秒35 日本選手権・初優勝
6月26日 ミッドサマー・ゲームズ 3000m 3位 7分55秒32 自己新
7月2日 ヌルミヤビ国際 5000m 4位 13分56秒98
7月6日 ローザンヌ 10000m 途中棄権 -
7月12日 DNガラン国際 5000m 15位 13分48秒80
10月16日 アジア大会 5000m 5位 13分59秒63 アジア・5位
10月23日 日本グランプリファイナル 10000m 1位 28分17秒81
11月13日 東日本実業団駅伝 2区7.7Km 区間1位 21分50秒 ヱスビー1位
11月23日 国際千葉駅伝 1区10Km 区間8位 28分28秒 日本3位

花田勝彦選手
エスビー食品
◎1994年第70回箱根駅伝 1994年1月2日
早稲田大学・2位
4年 2区(23.0km)鶴見→戸塚
区間1位 1時間07分34秒 S・マヤカ(山梨学院大)
区間2位 1時間08分05秒 本川一美(順大)
区間3位 1時間08分14秒 花田勝彦(早大)
区間4位 1時間09分53秒 松田和宏(中大)

◎兵庫リレーカーニバル 1994年4月24日
1 27分59秒72 高岡寿成(鐘紡)=自己新
2 28分11秒28 早田俊幸(鐘紡)=自己新
3 28分17秒32 佐保希(旭化成)
4 28分18秒03 渡辺康幸(早大)
5 28分19秒17 宮島誠一(本田技研)
6 28分20秒78 高尾憲司(旭化成)=ジュニア日本新
7 28分20秒78 田尻祐一(クロサキ)
8 28分22秒16 S・マヤカ(山梨学院大)
9 28分23秒12 仲村明(富士通)
10 28分30秒74 J・オツオリ(トヨタ自動車)
11 28分30秒85 大沢陽祐((本田技研)
12 28分35秒52 大家正喜(佐川急便)
13 28分48秒18 花田勝彦(ヱスビー食品)


このレースについては「早田選手の引退特集ページ」で「早田・高岡・黄金コンビ」の活躍を中心にした記事を書きました。「鐘紡黄金コンビ・自己新」の後方で、花田選手がヱスビー食品でデビューされています。(←僕の持っている資料では花田選手のヱスビー食品デビュー戦はこのレースではないかと思われます。この時、ヱスビーの白地シャツで走られたのか、赤地シャツで走られたのかはわかりません・・・)学生生活から社会人生活へと環境の変化からか、(28分48秒18)で13位と花田選手にとって満足のいく内容ではなかったと思われますが、まずは無難に実業団選手として第一歩を踏み出しておられます。花田選手は中距離選手出身ですが調整的なレースで中距離的距離(1500m・3000m)などを走るといったスタンスはどの時期においてもあまり見受けられませんでした。むしろ10000mやハーフ、などの距離で調子を計っているようにさえ感じられました。このあたりはキレのあるフォームなどからのイメージも含め、外から見ていて意外な印象を覚えました。

◎東日本実業団 1994年5月21日
20000m
1 58分55秒83 花田勝彦(ヱスビー食品)
2 59分06秒06 平塚潤(ヱスビー食品)
3 60分56秒80 石崎昭雄(富士通)

先頭・スプリット
5000m(15分03秒)
10000m(29分52秒)(14分49秒)
15000m(44分36秒)(14分44秒)
20000m(58分55秒)(14分19秒)

オープン種目ではありますが、20000mでヱスビー食品の花田・平塚・選手が好記録で走破されました。「陸マガ」では白地のユニフォームで疾走する花田選手を大きく取り扱っておりましたのでこれが花田選手のヱスビー食品・デビュー戦かと思いましたが上記の兵庫のほうが先でした。「陸マガ」の写真をみますと、なんと花田選手は「スパイク」を履いておられます。僕のレベルの話で比較してもしょうがないのですが、毎年、九州学生インカレでも(ロードでハーフを行わない代わりなのか?)20000mが開催されています。この距離になりますとトラックとはいえほとんどの選手がマラソンシューズで走ります。中盤から後半にかけて足に負担が大きくなる事を考えたらスパイクを履いて20000mを走るのはちょっと無謀な感じがします。しかし花田選手ほどのトップ選手でスムーズに流れるようなフォームであればこそ可能な話なのでしょう、実際このレースラスト1000mは(2分45秒)まであがっています。

◎第78回日本選手権 1994年6月11日
10000m 6月11日
1 27分51秒85 A・ニジガマ(MDI)
2 28分14秒62 高岡寿成(鐘紡)
3 28分18秒63 平塚潤(ヱスビー食品)
4 28分21秒33 早田俊幸(鐘紡)
5 28分23秒56 大沢陽祐(本田技研)
6 28分30秒23 渡辺康幸(ヱスビー食品)
7 28分30秒68 S・マヤカ(山梨学院大)
8 28分46秒50 花田勝彦(ヱスビー食品)

5000m 6月12日
1 13分34秒35 花田勝彦(ヱスビー食品)
2 13分35秒48 高岡寿成(鐘紡)
3 13分37秒35 平塚潤(ヱスビー食品)
4 13分38秒04 高尾憲司(旭化成)
5 13分42秒07 早田俊幸(鐘紡)
6 13分42秒92 田尻裕一(クロサキ)
7 13分48秒88 森下由輝(旭化成)
8 13分50秒71 大沢陽祐(本田技研)

1994年はアジア大会開催の年ですので主要選手にとっては日本代表を目指しての出走となりました。兵庫リレーの結果から鐘紡の高岡・早田・選手の力は秀でているといった状況でした。特に高岡選手の能力の高さとラストの勝負強さは定評を増していましたので2種目代表権獲得で本線での2冠も期待されていました。高岡選手は両種目とも2位という結果で1993年世界選手権に続き、日本代表選手に選ばれました、予定どうりアジア大会2種目エントリーです。早田選手はすでにアジア大会・マラソン代表を決定しておられましたが、トラックでスピード養成のため出場され10000mのレースでは僚友・高岡選手の援護的な走りで中盤の中だるみを抑えました。


ヱスビー食品では平塚選手が全盛期を迎え中心的に活躍されていました。鐘紡黄金コンビ「高岡・早田」選手に対して、レース終盤割って入り日本人2位という結果で10000mアジア大会代表になられました。10000mでは8位(28分46秒50)と力を出し切れなかった花田選手は翌日の5000mで会心のレースを展開、ラストスパート合戦では2〜3段階にわたる切り替えスパートが冴え渡りあの高岡選手を振り切り優勝、見事な勝ちっぷりでアジア大会日本代表を獲得されました。

↓以下花田選手の当時のコメント(1994年8月号陸上競技マガジン参照)
5000m優勝・花田勝彦選手 (175cm・58kg・AB型)
「周りは昨日の1万mがメインという感じですが、自分は練習パターンも5000に合わせていました。ハイペースになっても練習練習と自分に言い聞かせて、ラスト5周で勝てると思いました。ここでやらな、人生終わりかな、と」


◎広島アジア大会 1994年10月16日
5000m
1 13分38秒37 高岡寿成(日本・鐘紡)=大会新
2 13分39秒59 A・ワルサマ(カタール)=大会新
3 13分40秒07 孫 日鵬(中国)=大会新
4 13分51秒25 B・プラサド(インド)
5 13分59秒63 花田勝彦(日本・ヱスビー食品)
6 14分00秒52 高 樹海(中国)
7 14分05秒53 A・アル・カフタニ(サウジアラビア)
8 14分07秒33 R・ムルサミー(マレーシア)

アジア大会のマラソンをテレビで見ていますと競技者の少なさに驚き、他の大会とは明らかに違う雰囲気でレースが進んでいきました。終盤で韓国の黄永祚選手と早田選手との一騎打ち勝負の結果、黄選手が優勝(2時間11分13秒)、早田選手が2位(2時間11分57秒)となりました。10000mでは高岡選手・平塚選手が中盤以降1000mごとに先頭を交代しながらレースは進み、ラスト1周で高岡選手が抜け出して大会新記録(28分15秒48)で優勝、2位・平塚選手(28分18秒10)と日本・ワンツーフィニッシュでした。

5000mには2冠を目指す高岡選手とこの種目得意の花田選手が出場。(13分24秒68)の自己記録を持つA・A・カフタニ選手や3000mSC優勝の孫日鵬選手、A・ワルサマ選手など強豪選手が含まれ、速いペースと細かな揺さぶりの中でレースは進んでいきました。高岡選手はゴール手前までの激しいスパート合戦を制し10000mに続く大会新記録(13分38秒37)で2冠。花田選手は4000m手前で先頭集団から振り切られ5位(13分59秒63)という結果でした。記録的には優勝タイムが(13分38秒)でしたが内容からすると(13分30秒)を割るくらいの国際レース独特の“濃さ”がありましたから花田選手は全力を出し切るパフォーマンスがこの舞台では達成できなかったと推測されます。しかし社会人1年目で、これが主要国際レース個人初参加の花田選手にとって良い経験になったと言えるでしょう。
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〜 1995年 平成7年 〜
ヱスビー食品 社会人2年目(24歳)

1995年 花田勝彦選手主要レース結果
1月1日 全日本実業団対抗 3区13.7km 区間1位 38分02秒 ヱスビー3位
2月5日 別府大分毎日マラソン 42.195Km 17位 2時間19分56秒 初マラソン
3月19日 びわ湖毎日マラソン 42.195Km 51位 2時間23分42秒 マラソン2度目
5月21日 東日本実業団 5000m 2位 13分39秒62
5月26日 日本記録挑戦記録会 10000m 2番 28分06秒7 自己新
6月10日 日本選手権 10000m 14位 28分52秒35
6月28日 ヘルシンキ国際 5000m 13位 13分45秒25
7月2日 ゲーツヘッド国際 5000m 19位 14分06秒60
7月7日 ロンドン国際 10000m 10位 28分13秒34
7月30日 南部忠平 5000m 3位 13分51秒06
11月12日 東日本実業団駅伝 5区10.7km 区間1位 30分17秒 ヱスビー1位
12月3日 福岡国際マラソン 42.195km 6位 2時間10分39秒 マラソン3度目

花田勝彦選手
エスビー食品
◎東日本実業団 1995年5月21日
5000m
1 13分25秒65 A・ニジガマ(日清食品)=大会新
2 13分39秒62 花田勝彦(ヱスビー食品)
3 13分49秒03 平塚潤(ヱスビー食品)

◎日本記録挑戦記録会 1995年5月26日
10000m
1番 27分57秒9 A・ニジガマ(日清食品)
2番 28分06秒7 花田勝彦(ヱスビー食品)=自己新
3番 28分13秒7 早田俊幸(鐘紡)
4番 28分31秒6 川内勝弘(ヱスビー食品)
5番 28分36秒9 武井隆次(ヱスビー食品)
6番 28分46秒0 高橋健一(ダイエー)
7番 28分52秒9 小林正幹(ヱスビー食品)
8番 28分53秒7 宮元善史(コニカ)


◎日本選手権10000m 1995年6月10日
10000m
1 27分26秒26 A・ニジガマ(日清食品)=大会新
2 27分55秒01 早田俊幸(鐘紡)=自己新
3 27分55秒81 渡辺康幸(早大)=自己新
4 27分56秒05 高尾憲司(旭化成)=自己新
5 27分57秒02 大崎栄(旭化成)=自己新
6 27分59秒80 川内勝弘(エスビー食品)=自己新
7 28分03秒77 S・マヤカ(山梨学院大)=自己新
8 28分09秒17 小林雅幸(早大)=自己新
9 28分26秒60 木戸真樹(積水化学)
10 28分28秒05 仲村明(富士通)
11 28分43秒28 原口順司(安川電機)
12 28分44秒25 飯島理彰(ダイエー)
13 28分50秒54 川嶋伸次(旭化成)
14 28分52秒35 花田勝彦(ヱスビー食品)

95年日本選手権は95年世界選手権への代表選考会レースです。94年アジア大会で経験を積んだ花田選手は直前の記録会で10000m参加A標準記録(28分10秒0)をクリア(28分06秒7)して世界選手権出場を目指していました。95年関東インカレでは大学4年になった早大の後輩・渡辺康幸選手が2年連続2冠、10000m3連勝と充実した強さを誇っていました。5月21日の5000mは自己2番目の記録で2位、5月26日の10000mは自己新で2番と花田選手としても勢いに乗る渡辺選手を迎え撃つ態勢は十分に整っているようでした。

日本選手権では終始レースをリードしたニジガマ選手が大会新記録で優勝。以下8位までに入賞した選手全員が自己新記録という大盛況・大収穫のレースです、以前も書きましたが(高尾・大崎・川内・マヤカ・・小林)選手はこの時の記録が現在も自己の最高記録です。上位進出をめざしていたであろう花田選手は完全に乗り遅れてしまい世界選手権代表の目論見は崩れ去ってしまったようです。

このレース結果で早田・渡辺・高尾選手が第5回イエテボリ世界選手権の日本代表に選ばれました。本戦では高尾選手は終盤疲れて予選落ちに終わるも、早田・渡辺・選手は無難に予選通過し、渡辺選手は予選で17年ぶりに瀬古利彦選手の学生記録を更新(27分48秒55)しました。決勝では早田選手が自己記録(27分53秒12)で10位、渡辺選手が僅差(27分53秒82)で12位と大活躍です。この地点で3選手の走りっぷりを見る限りでは翌年のアトランタ五輪に向け視界良好といった雰囲気でしたので早田・渡辺・高尾・は五輪代表優位に立っていると思っていたものですが・・・
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〜 1996年 平成8年 〜
ヱスビー食品 社会人3年目(25歳)

1996年 花田勝彦選手主要レース結果
1月1日 全日本実業団対抗駅伝 3区13.7km 区間2位 38分05秒 ヱスビー3位
1月21日 全国都道府県対抗男子駅伝 7区14.5km 区間3位 41分54秒 滋賀県4位
3月17日 全日本実業団ハーフマラソン 21.0975Km 1位 1時間02分24秒 ハーフ全国優勝
4月7日 東実長距離記録会 5000m 1番 13分36秒40
4月21日 兵庫リレーカーニバル 10000m 2位 27分57秒27 自己新
5月11日 国際グランプリ・大阪 5000m 9位 13分41秒53
6月6日 日本選手権・予選 10000m 6位 28分34秒00
6月8日 日本選手権・決勝 10000m 2位 27分50秒46 自己新
7月14日 南部忠平記念 5000m 1位 14分05秒75
7月26日 アトランタ五輪・予選 10000m 13位 28分52秒22
9月29日 世界ハーフマラソン選手権 21.0975Km 14位 1時間03分31秒
11月10日 東日本実業団駅伝 1区10.795km 区間1位 30分41秒 ヱスビー1位
花田選手の引退に際してご自身の特別手記を月刊・陸上競技で読みました。最良のライバルは「渡辺康幸選手」、最も印象深かったレースは「1996年日本選手権10000m決勝」との内容のコメントが載っていました。96年の日本選手権は日本長距離史に残る死闘として語り継がれています。このレースにつながる96年春のレースを含めながら振り返ってみたいと思います。
◎1996年春からアトランタ五輪まで
アトランタ五輪マラソン代表には、日清食品の実井謙二郎選手(2時間08分50秒)、佐川急便の大家正喜選手(2時間09分33秒)、旭化成・ベテランの谷口浩美選手(2時間10分42秒)が選出。有望なスピードランナーはそれぞれにマラソン選考会に挑んだものの代表権を獲得するまでには至らず、トラック10000m五輪代表に目標を変更してしのぎを削る様相に。脂の乗り切った主要ランナー達はむしろこの時期・心身ともに「10000m」という種目に真の基軸が合っていたのかもしれません・・・熾烈な争いは予想をはるかに超えた激戦へとつながっていき、その天王山として6月8日・日本選手権10000m決勝へと向かう。

花田勝彦選手
エスビー食品
◎第8回東日本実業団長距離記録会 1996年4月7日
5000m
1番 13分36秒40 花田勝彦(ヱスビー食品)
2番 13分36秒56 渡辺康幸(ヱスビー食品)
3番 13分37秒44 平塚潤(ヱスビー食品)
4番 13分40秒11 川内勝弘(ヱスビー食品)
5番 13分51秒16 小林正幹(ヱスビー食品)
6番 14分00秒56 藤野英之(NTT東京)
7番 14分03秒08 千葉信彦(雪印)
8番 14分03秒12 野田道胤(日体大)

アトランタ五輪出場を目指しヱスビー軍団が始動。花田選手はいきなり(13分36秒40)と4月初旬トラック第1戦の記録会から好タイムでシーズンイン。6月8日の天王山をにらみチームとしても好調な滑り出しをみせる。ヱスビー食品のおなじみの赤地に白のユニフォームは「ヱスビーにふさわしい安定した成績」を残して瀬古監督から着用を許されるとのことです。この日がヱスビー食品としてデビュー戦の渡辺康幸選手は白地に赤のバージョンを着用。詳しいことはわかりませんが渡辺選手の白ユニフォームはこの1回しか無いのではないかと推測されます。ともあれ先輩・花田選手は白ユニフォームのルーキー・渡辺選手に対し(0.16秒)先着して1番、きわどくもラスト勝負を制し、先輩キッカーとしの貫禄を見せた。

◎兵庫リレーカーニバル 1996年4月21日
10000m
1 27分55秒86 渡辺康幸(ヱスビー食品)
2 27分57秒27 花田勝彦(ヱスビー食品)=自己新
3 28分00秒43 高尾憲司(旭化成)
4 28分01秒95 平塚潤(ヱスビー食品)
5 28分06秒22 早田俊幸(鐘紡)
6 28分08秒50 木戸真樹(積水化学
7 28分15秒72 高橋健一(ダイエー)=自己新
8 28分15秒93 武井隆次(ヱスビー食品)=自己新

陸マガによると「同一レース史上最多・30位までが28分台」だったようです、30位の進藤吉紀選手(積水化学)が(28分58秒40)ですからトップの記録のみならず層も厚かったようです、確かなことはわかりませんし全くの推測ですがおそらくその後もこの「30位まで28分台という記録」は破られてないのではないでしょうか?このレースは6月8日日本選手権に向けて最大の前哨戦であり五輪代表獲得を現実的に捕らえている主要選手にとって大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。

そんなハイレベルで意味深いレース、先頭は5000mを(14分05秒6)で通過、後半(13分50秒3)換算、優勝争いはなんと花田選手の勝ちパターン・ラストスパート勝負で渡辺選手が花田選手から(1.41秒)差で勝利を奪いました。これで渡辺選手は日本選手権に向けて優勝候補筆頭と目されるポジションに位置しました。さて、レースを見ていないのに大変無謀な話で恐縮ですが花田選手の敗因を僕なりに分析してみました→「前年95年に3度27分台を記録している渡辺選手はこの域においての経験が一枚上手だった」という解釈です。つまりこのレースで自己新・初の27分台に突入した花田選手はこの域のレースで最終勝負までに目に見えないストレスを感じ渡辺選手よりラスト勝負に対して余力を残せなかったのではないか?といった見解です。スプリント&キック能力では基本的には花田選手に分があると考えられる←異論反論はあるかと思いますがあくまで僕の見解です。

◎IAAFグランプリ大阪 1996年5月11日
5000m
1 13分29秒28 J・ギタヒ(仙台育英高)
2 13分30秒48 P・ハンネック(ジンバブエ)
3 13分31秒65 I・キルイ(ケニア)
4 13分31秒99 A・ニジガマ(日清食品)
5 13分33秒12 渡辺康幸(ヱスビー食品)
6 13分34秒60 平塚潤(ヱスビー食品)
7 13分35秒71 早田俊幸(鐘紡)
8 13分40秒17 C・コスケイ(ケニア)
9 13分41秒53 花田勝彦(ヱスビー食品)
10 13分47秒65 J・キプコエチ(ケニア)
11 13分47秒65 高尾憲司(旭化成)
12 14分14秒22 大川久之(山陽特殊製鋼)


アジアで初めて国際グランプリが大阪で開催されました。男子5000m優勝は仙台育英高校のJ・ギタヒ選手が残り400mからのスパートで快勝。日本選手は渡辺選手が(13分33秒12)で好調をアピール、平塚選手(13分34秒60)、早田選手(13分35秒71)も僅差の好記録で持ち前のスピードを強化したようです。この種目、得意の花田選手は上記の3選手に遅れ(13分41秒53)とやや不安を残す結果となりました。花田選手は長期間の好調中でも、今回のケースのように力を出し切れないレースがあります。はまったレースは必ず優勝争いに絡むも、ポイントを逃して後退する場面も見受けられました。94年は日本選手権5000mの鮮やかな優勝に対しアジア大会5000m5位の悔やまれるレースや95年のシーズンでは消化不良のレースがありました。しかしこの1996年頃からは大舞台での安定度が増し、強力な日本のエースへと変貌を遂げていかれました。

◎1996年日本選手権
10000m(2組7着+4) 1996年6月6日
予選1組(通過選手)
1 28分15秒31 A・ニジガマ(日清食品)
2 28分16秒58 S・マヤカ(ダイエー)
3 28分26秒86 高橋健一(ダイエー)
4 28分31秒65 武井隆次(ヱスビー食品)
5 28分33秒00 池田幸康(中国電力) 
6 28分34秒00 花田勝彦(ヱスビー食品)
7 28分34秒15 平塚潤(ヱスビー食品)
8 28分35秒06 島崎貴之(ヤクルト)
9 28分35秒21 川嶋伸次(旭化成)
10 28分39秒77 井幡政等(鐘紡)
11 28分39秒80 藤野圭太(九電工)

予選2組(通過選手)
1 29分10秒17 渡辺康幸(ヱスビー食品)
2 29分10秒24 夏目勝也(トヨタ自動車)
3 29分10秒27 高岡寿成(鐘紡)
4 29分10秒53 福島雄一郎(九電工)
5 29分10秒61 本田竹春(ヤクルト)
6 29分10秒74 磯松大輔(コニカ)
7 29分10秒82 川内勝弘(ヱスビー食品)

10000m決勝 1996年6月8日
1 27分49秒89 高岡寿成(鐘紡)=自己新
2 27分50秒46 花田勝彦(ヱスビー食品)=自己新
3 27分51秒97 渡辺康幸(ヱスビー食品)
4 27分53秒49 A・ニジガマ(日清食品)
5 27分55秒16 平塚潤(ヱスビー食品)=自己新
6 28分01秒48 S・マヤカ(ダイエー)=自己新
7 28分07秒32 磯松大輔(コニカ)=自己新
8 28分08秒83 福島雄一郎(九電工)=自己新
9 28分30秒02 高橋健一(ダイエー)
10 28分30秒96 夏目勝也(トヨタ自動車)
11 28分38秒12 川内勝弘(ヱスビー食品)
12 28分42秒61 井幡政等(鐘紡)
13 28分43秒12 川嶋伸次(旭化成)
14 28分50秒60 池田幸康(中国電力)
15 29分05秒15 藤野圭太(九電工)
16 29分10秒94 本田竹春(ヤクルト)
17 29分15秒32 武井隆次(ヱスビー食品)
18 29分30秒12 島崎貴之(ヤクルト)

1000m(2分42秒5)
2000m(5分29秒1)(2分46秒6)
3000m(8分16秒1)(2分47秒0)
4000m(11分04秒1)(2分48秒0)
5000m(13分52秒4)(2分48秒3)
6000m(16分41秒1)(2分48秒7)
7000m(19分30秒1)(2分49秒0)
8000m(22分19秒5)(2分49秒4)
9000m(25分14秒1)(2分54秒6)
10000m(27分49秒9)(2分35秒8)

95年世界選手権代表は(早田・渡辺・高尾)選手でした。予選1組で旭化成・高尾選手が落選、予選2組では鐘紡・早田選手も落選と波乱がありました。トラックシーズンの流れは決して悪くありませんでしたから早田選手の予選落ちには「まさか」という思いは強かったです。同僚の高岡選手は95年シーズンを故障でほとんど思うように走れず苦しんでおられましたし、96年に入ってからも、とても「94年アジア大会2冠」の絶対的勝負強さを発揮できる心身状況ではないような雰囲気でした。対して「ヱスビー食品」は決勝進出した(武井・花田・平塚・渡辺・川内)選手という強力メンバーから、「ヱスビーで代表を独占」という野望すら現実味を帯びてきました。

日本の6月は蒸し暑く記録を狙うには悪条件ですが決勝の日は冷雨が降り長距離選手の体感温度を下げてくれたようです。レースはA・ニジガマ選手とS・マヤカ選手がハイペースでリードする形で始まりました、この2選手は日本人選手にとっても馴染みが深く、ハイペースとはいえ一定のペースで先頭を引っ張ることのできるいわばペースメーカーの役割を果たしました。この冷雨と黒人選手の好リードという条件は前年からの長引く故障で五輪参加A標準を突破していない高岡選手にとってラストチャンスをものにする必須条件でした。

レース展開は上記の1000mごとのラップタイムを参照していただくとおわかりのように、集団というよりは、たて一列のサバイバルレースとなり、1人また1人と五輪出場を必死で願う名ランナー達が振り落とされていきました。そんな中、ある程度ゆとりを持って終盤の勝負に備えられる選手といえばおのずと限られていきます。8000m過ぎには(ニジガマ・マヤカ)選手と(渡辺・平塚・花田・高岡)選手の6選手のみとなりました。ここからの9000mまでの1000mは唯一スローな(2分54秒6)と不気味な静けさが漂います・・・残り1000mを切りまだ誰も動きません、残り700mで平塚選手が激しくラストスパートの口火を切りました、花田選手がすばやく反応!渡辺選手がくらいつきます・・・高岡選手は最後尾で振り落とされそうです。残り400mの鐘が鳴りファイナルラップです、花田選手が仕掛けて逃げ切りを計り、平塚選手が続き、渡辺選手が追い、高岡選手はまだ最後尾です、とても高岡選手が1位のポジションまで上がるなど考えられません。残り200m手前では花田・渡辺・平塚・選手の順でヱスビー食品代表独占状態でした・・が・・ここから高岡選手が信じられないようなラストスパートを決行!見る間に平塚選手をかわし、渡辺選手をとらえ、花田選手に襲いかかります・・花田選手は持ち前のスパート力を活かし必死の抵抗を試みます・・高岡選手も全身全霊の力をぶつけゴールを目指します・・ゴールライン上では高岡選手がわずかに先着しガッツポーズで優勝!僅差で2位花田選手、3位渡辺選手、となり五輪代表確定です。平塚選手は自己ベスト記録でしたが史上最強・最速のラスト勝負に敗れ代表入りは成りませんでした。

しかし、このような死闘こそ勝負を超えたアスリートの恍惚の境地なのかもしれません?

◎南部忠平記念 1996年7月14日
1 14分05秒75 花田勝彦(ヱスビー食品)
2 14分05秒96 高岡寿成(鐘紡)
3 14分06秒26 渡辺康幸(ヱスビー食品)
4 14分06秒75 古田哲弘(山梨学院大)
5 14分07秒16 三代直樹(順大)
6 14分07秒98 佐保希(旭化成)
7 14分08秒98 夏目勝也(トヨタ自動車)
8 14分10秒17 水谷哲也(鐘紡)


五輪前の調整レースといった位置づけのレースかとおもわれます。結果のタイム差をみてもわかるように(1〜2秒)の間に選手がなだれ込んでいます。「陸マガ」で前方からのゴール写真をみてみますと、花田選手は左手でガッツポーズをしてゴールしておられました、後方には高岡・渡辺・選手が苦痛の表情で続いています。←このことから、どうやら花田選手の終盤のラストスパートがタイミングよく決まったのではないかと推測されます。「史上最強の10000m五輪3選手」が僅差ではありますが上位3位を独占し調整レースを終えました。


◎1996年アトランタ五輪
10000m予選1組 1996年7月26日
13 28分52秒22 花田勝彦(日本・ヱスビー食品)=落選
10000m予選2組
12 28分38秒18 高岡寿成(日本・鐘紡)=落選
棄権 渡辺康幸

10000m決勝 1996年7月29日
1 27分07秒34 H・ゲブルセラシェ(エチオピア)
2 27分08秒17 P・テルガト(ケニア)
3 27分24秒67 S・ヒソー(モロッコ)
4 27分33秒79 A・ニジガマ(ブルンジ)
5 27分35秒08 J・マチュカ(ケニア)
6 27分35秒19 P・コエチ(ケニア)
7 27分46秒98 K・スカー(モロッコ)
8 27分50秒73 M・ヌタウリクラ(ルワンダ)

つづく・・・

SB
〜 1997年 平成9年 〜
ヱスビー食品 社会人4年目(26歳)
1997年 花田勝彦選手主要レース結果
1月1日 全日本実業団対抗駅伝 3区13.7km 区間1位 38分01秒 ヱスビー2位
3月2日 びわ湖毎日マラソン 42.195km 5位 2時間10分02秒 自己新
4月25日 東京選手権・予選 10000m 1位 28分41秒83
5月10日 国際グランプリ大阪 5000m 14位 13分41秒96
8月10日 アテネ世界選手権 42.195km 34位 2時間25分00秒
11月16日 東日本実業団駅伝 5区10.7km 区間2位 30分08秒 ヱスビー1位
11月24日 国際千葉駅伝 5区12.195Km 区間3位 35分20秒 日本2位

花田勝彦選手
エスビー食品
◎1997年びわ湖毎日マラソン 1997年3月2日
1 2時間08分05秒 M・フィス(スペイン)
2 2時間09分00秒 T・ツモ(エチオピア)
3 2時間09分11秒 J・ピネイロ(ポルトガル)
4 2時間09分23秒 真内明(旭化成)
5 2時間10分02秒 花田勝彦(ヱスビー食品)
6 2時間10分58秒 L・シュベツォフ(ロシア)
7 2時間11分39秒 I・リコ(メキシコ)
8 2時間12分28秒 佐藤信之(旭化成)

5Km(15分19秒)
10Km(30分55秒)(15分36秒)
15Km(45分57秒)(15分02秒)
20Km(1時間00分42秒)(14分45秒)
中間点(1時間03分56秒)
25Km(1時間15分47秒)(15分05秒)
30Km(1時間31分08秒)(15分21秒)
35Km(1時間46分21秒)(15分21秒)
40Km(2時間02分47秒)(16分18秒)
42.195Km(2時間10分02秒)
ラスト2.195Km(7分15秒)
後半(1時間06分06秒)(-2分10秒)

◎1997年世界選手権男子マラソン 1997年8月10日
1 2時間13分16秒 A・アントン(スペイン)
2 2時間13分21秒 M・フィス(スペイン)
3 2時間14分16秒 S・モネゲッティ(オーストラリア)

22 2時間21分23秒 真内明(日本・旭化成)
25 2時間22分33秒 川嶋伸次(日本・旭化成)
34 2時間25分00秒 花田勝彦(日本・ヱスビー食品)
40 2時間26分33秒 服部孝宏(日本・鐘紡)
58 2時間37分11秒 清水康次(日本・NTT中国)
SB
〜 1998年 平成10年 〜
ヱスビー食品 社会人5年目(27歳)
1998年 花田勝彦選手主要レース結果
1月1日 全日本実業団対抗駅伝 6区18.0km 区間3位 52分05秒 ヱスビー2位
1月2日 東京シティハーフマラソン 21.0975km 6位 1時間01分38秒 日本人1位、dh自己新
3月15日 全日本実業団ハーフマラソン 21.0975km 2位 1時間01分44秒 日本人1位、平地自己新
4月12日 東日本実業団長距離記録会 5000m 7番 13分57秒36
4月26日 兵庫リレーカーニバル 10000m 5位 28分05秒26
5月9日 国際グランプリ・大阪 5000m 4位 13分35秒13 日本人1位
5月27日 コトブス 3000m 3位 7分52秒11 自己新
6月1日 国際グランプリ・ヘンゲロ 10000m 11位 28分29秒63
6月12日 全日本実業団 5000m 1位 13分38秒12 大会新
9月27日 世界ハーフマラソン選手権 21.0975Km 64位 1時間04分53秒
11月15日 東日本実業団駅伝 2区6.345Km 区間1位 17分31秒 エスビー1位
12月6日 福岡国際マラソン 42.195Km 15位 2時間13分51秒

花田勝彦選手
エスビー食品
◎国際グランプリ・大阪 1998年5月9日
5000m
1 13分21秒73 J・ギタヒ(日清食品)
2 13分28秒47 S・マイナ(トヨタ自動車)
3 13分34秒13 P・コエチ(ケニヤ)
4 13分35秒13 花田勝彦(ヱスビー食品)
5 13分43秒35 高岡寿成(鐘紡)
6 13分43秒98 S・コロリア(ケニヤ)
7 13分44秒29 A・ニジガマ(ブルンジ)
8 13分49秒55 高尾憲司(旭化成)



◎国際グランプリ・ヘンゲロ 1998年6月1日
1 26分22秒75 H・ゲブルセラシェ(エチオピア)=世界記録
2 27分29秒97 H・ジファール(エチオピア)
3 27分32秒02 G・トーラ(エチオピア)
4 27分34秒51 P・ケノイ(ケニア)
5 27分35秒74 A・ニジガマ(ブルンジ)

11 28分29秒63 花田勝彦(日本・ヱスビー食品)

現・世界記録(26分22秒75)
H・ゲブルセラシェ(エチオピア)
1000m(2分35秒36)
2000m(5分15秒53)(2分40秒17)
3000m(7分53秒03)(2分37秒50)
4000m(10分30秒50)(2分37秒47)
5000m(13分11秒53)(2分41秒03)
6000m(15分50秒97)(2分39秒44)
7000m(18分32秒45)(2分41秒48)
8000m(21分12秒92)(2分40秒47)
9000m(23分51秒53)(2分38秒61)
10000m(26分22秒75)(2分31秒22)




◎全日本実業団 1998年6月12日
5000m
1 13分38秒12 花田勝彦(ヱスビー食品)=大会新
2 13分53秒65 石毛豊志(ヤクルト)
3 13分53秒98 高橋健一(富士通)
4 13分54秒60 武井康真(ヱスビー食品)
5 13分54秒72 片渕博文(九電工)
6 13分55秒36 原口秀明(旭化成)
7 13分56秒08 中馬大輔(NEC)
8 13分56秒62 P・ハンネック(富士通)





 
SB
〜 1999年 平成11年 〜
ヱスビー食品 社会人6年目(28歳)

1999年 花田勝彦選手主要レース結果
1月1日 全日本実業団対抗駅伝 6区18.0km 区間1位 54分46秒 ヱスビー2位
2月14日 東京国際マラソン 42.195Km 途中棄権 -
4月10日 東京記録会 5000m 1番 13分38秒0
4月25日 兵庫リレーカーニバル 10000m 3位 27分57秒32
5月22日 ゴールデン・ゲームズ・延岡 10000m 1位 27分54秒77
6月13日 全日本実業団 5000m 4位 13分46秒08
6月30日 ビスレーゲームス(オスロ) 5000m 17位 13分35秒43
7月3日 マイア国際 5000m 2位 13分23秒49 自己新・ヱスビー記録

花田勝彦選手
エスビー食品
SB
〜 2000年 平成12年 〜
ヱスビー食品 社会人7年目(29歳)

2000年 花田勝彦選手主要レース結果
4月23日 兵庫リレーカーニバル 10000m 4位 28分10秒11 日本人1位
9月9日 スーパー陸上 5000m 9位 13分41秒4
9月22日 シドニー五輪・予選 10000m 3位 27分45秒13 自己新
9月25日 シドニー五輪・決勝 10000m 15位 28分08秒11
9月27日 シドニー五輪・予選 5000m 10位 13分41秒31

花田勝彦選手
エスビー食品
◎2000・シドニー五輪
高岡寿成選手(日本・カネボウ)
5000m 予選 D13分29秒99=通過
5000m 決勝 N13分46秒90
10000m 予選 D27分59秒95=通過
10000m 決勝 F27分40秒77(自己新)

花田勝彦選手(日本・エスビー食品)
5000m 予選 I13分41秒31=落選
10000m 予選 B27分45秒13=通過(自己新)
10000m 決勝 N28分08秒11
SB
〜 2001年 平成13年 〜
ヱスビー食品 社会人8年目(30歳)

2001年 花田勝彦選手主要レース結果
3月4日 びわ湖毎日マラソン 42.195Km 7位 2時間11分45秒
5月23日 東アジア競技会 10000m 1位 28分42秒19 大会新

花田勝彦選手
エスビー食品
◎びわ湖毎日マラソン 2001年3月4日
1 2時間07分34秒 A・ペーニャ(スペイン)=大会新
2 2時間07分52秒 G・レオーネ=大会新
3 2時間07分52秒 油谷繁(中国電力)=大会新・自己新
4 2時間07分59秒 森下由輝(旭化成)=大会新・自己新
5 2時間08分52秒 帯刀秀幸(富士通)=自己新
6 2時間09分27秒 S・ボル(ケニア)
7 2時間11分45秒 花田勝彦(ヱスビー食品)
8 2時間12分42秒 小島忠幸(旭化成)


SB
〜 2002年 平成14年 〜
ヱスビー食品 社会人9年目(31歳)

2002年 花田勝彦選手主要レース結果
4月28日 兵庫リレーカーニバル 10000m 10位 28分24秒06
6月8日 日本選手権 10000m 16位 30分15秒50
12月23日 加古川マラソン 21.0975Km 1位 1時間02分47秒

花田勝彦選手
エスビー食品
SB
〜 2003年 平成15年 〜
ヱスビー食品 社会人10年目(32歳)
2003年 花田勝彦選手主要レース結果
2月2日 別府大分毎日マラソン 42.195Km 27位 2時間24分20秒

花田勝彦選手
エスビー食品
SB
〜 2004年 平成16年 〜
ヱスビー食品 社会人11年目(33歳)
2004年 花田勝彦選手主要レース結果
1月21日 全国都道府県対抗男子駅伝 7区13km 区間36位 39分41秒 滋賀県位
3月7日 三浦国際市民マラソン 5Km

花田勝彦選手
エスビー食品

花田勝彦選手
エスビー食品
瀬古利彦選手
5000m 13分24秒29 エスビー食品 1986・7・11 ロンドン
10000m 27分42秒17 エスビー食品 1985・7・2 ストックホルム
マラソン 2時間08分27秒 エスビー食品 1986・10・26 シカゴ
平塚潤選手
5000m 13分26秒80 ヱスビー食品 1994・7・15 ロンドン
10000m 27分55秒16 ヱスビー食品 1996・6・8 大阪
マラソン 2時間10分51秒 ヱスビー食品 1995・12・3 福岡
武井隆次選手
5000m 13分38秒24 早大 1992・7・2 オルフス
10000m 28分15秒93 エスビー食品 1996・4・21 兵庫
マラソン 2時間08分35秒 エスビー食品 2002・3・3 びわ湖
櫛部静二選手
5000m 13分41秒1 エスビー食品 1999・4・10 東京
10000m 28分16秒79 エスビー食品 1998・10・3 熊本
マラソン 2時間11分22秒 愛三工業 2002・12・15 防府
渡辺康幸選手
5000m 13分26秒53 早大 1994・7・15 ロンドン
10000m 27分46秒39 エスビー食品 1998・4・26 兵庫
マラソン 2時間12分39秒 早大 1996・3・3 びわ湖
国近友昭選手
5000m 13分37秒78 NTT中国 1998・5・3 静岡
10000m 28分05秒38 エスビー食品 2003・9・27 岡山
マラソン 2時間07分52秒 エスビー食品 2003・12・7 福岡