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一票の重さを知ってほしい 〜盛り上がらない市議選〜(5月15日掲載)
■ 毎年、何かしら選挙があるが、ここ10年間はことごとく投票率が下落している。一番生活に身近な地方選挙もひどくなる一方だ。このたびの周南市議会議員選挙も、この調子だと確実に60%を切りそうだ。県議会議員選挙は5割を切る状況で、選挙のあり方が問われる事態だ。
■ 原因の一番は「誰が議員になっても変わらない」と思う人が大量に存在することではないか。国政も含め、投票してもその効果が実感できないというのが多いようだ。要するに政治に期待する人が少なくなった。若い人はなおさらで、どうせ生活が楽になるわけでもないし、保育園一つ、子どもを入れようにも入れない状態で、政治に期待できない、というわけだ。
■ 昔は井戸端会議のおばさんたちでも、選挙が近づくと何かと話題にしていた。あの人はこんなことを言っていたとか、この人はこんなことをしたとか、総じて悪口も多かったが、話題にはなった。おじさんたちはもっと激しく、政治のあり方も含め、あちこちで議論していた。そんな光景を見ることもなくなった。
■ もう一つの要因は、新聞を読まなくなったからでは、と手前みそ的に解釈する。昔は田舎のおばあさんでも新聞は読んでいた。ホワイトカラー、ブルーカラーを問わず誰もが新聞は読んでいた。だからどこでも政治の話はできたし、世の中の動きを知っていた。こんな小さな町でも多くのローカル紙が存在していた。街の商売人たちは特に新聞を読んでいたし、熱く語るおっさんが多かった。
■ フランスのサルコジが負けたのは知っているが、自分の地域の歴史は知らないし、地域でどんな人が活動しているかは知らない。どこのスーパーが安いかは知っているが、近所のお肉屋さんのおっさんが、どれだけお肉のことにプロフェッショナルかは知らない。テレビ番組に出ている政治家は知っているが、本当に先頭で苦労している政治家の名前などわからない。みんな新聞を読まないからだ。
■ 選挙管理委員会にも少しばかりだが責任はある。投票率を上げるため、選挙に関心を持たせるために日常的に何をしているのか、よくわからない。公正な選挙を推進するのも大きな役目だが、まずは投票することが何よりも大切だろう。呼びかけるにも選挙直前からで、あまりにも策がない。というより予算化する気配がない。一票の重さをもっと啓発すべきだ。昔、県議選で同数のくじ引きしたことを忘れられない。あの時、誰かもう一人投票に行っていたら、苦しむ人も出ないですんだ。(中島 進)

市議会議員選挙は「日刊新周南」 〜盛り上げよう投票率〜(5月9日掲載)
■ 先達から学ぶことは多い。そんなに立派な人でもないが教えられることは多々ある。私は若い市議会議員のことをよく取り上げて書いている。反発をしているようだが、議論を吹っかけて来る若手はいない。文句の一つも出てくるかと期待しているが、無視しているのか、馬鹿にしているのか、それとも面倒くさいと思っているのか、反応のなさに、将来を案じてしまう。
■ 企業出身の若手議員のことを書いた。もう少し頑張ってと書いた。企業が丸抱えで議員を送り出すことに警告を鳴らす意味もあった。地域でこつこつと世話をして、世の中のためにと市議会議員を目指す人とは置かれる状況がかなり違う。当選確実な中で、税金を4年間で3千万円近く使うのだ。世の中のために何ができるか、もっと真剣に考えてほしいと書いている。
■ 昔、出光興産出身で加藤祐二郎という市議会議員がいた。いつも明るく温厚で周囲をほっとさせる人だった。特異な存在で、議会がもめても彼が仲裁に入るとなぜかみんな収まり、一つの方向に向かって歩き出した。彼は企業出身ということをことごとく意識していた。かなりの確率で当選する立場だからと長い議員生活で一切、委員長などのポストを求めなかった。いや、固辞していた。もちろん地域の活動にも積極的に参加し、よく世話もしていた。
■ 議員最後の1年、ほとんどの議員がどうしてもと求めて、確か総務委員長を務めたことがある。その年、彼の叙勲だったかパーティーがあった。驚いたことに共産党の市議会議員までお祝いに駆けつけていた。前代未聞のことだった。彼のすごさをあらためて知らされた。若手議員にはその先達の話がしたかった。
■ 今回、周南市は定数が減り、30人の枠しかない。予想では公明党の4人と企業の2人の6人は相当の確率で当選が有力視されている。つまり24人の定数で争われる格好だ。40人ほどが出馬予定で、かなりの激戦だ。島津前市長が出馬とあって少しは話題になったが、これといった争点もなく、各候補者の訴えることも似たりよったりで、市民の関心はかなり希薄だ。投票率が前回を下回る可能性も高い。
■ お年寄りだけでなく、若い人が生き生きと活躍できる周南市になるよう、その先頭を引っ張っていけそうな候補者は誰か、我が社は今回も全立候補予定者にアンケートをして、その結果を紙面で紹介することにしている。ぜひ候補を選ぶ参考にしてほしいものだ。市議会議員選挙を知るには「日刊新周南」しかない。これからしばらくは市議会議員選挙で盛り上がろう。生活に直結する選挙だ。(中島 進)

孫は生き方の防波堤 〜増える暴走老人〜(5月8日掲載)
■ 先日、混雑するあるパン屋でパンを載せたトレーを持って順番を待っていた。そこへ年配の女性が列の間に体をねじ込んで、強引に入り込もうとしてきた。順番を待っていた人たちは一様に不快な顔をしていたが、それでもその女性は頓着なしに我が物顔だった。思わず「みんな並んでいるんですよ」と注意した。びっくりしたような顔でその女性は「私は別なんよ」と答えたが、さすがに列の最後についた。
■ 普段から彼女はそうして生きているのだろう。注意されたことはまずなかったのかもしれない。高齢で女性という特権を振りかざせばなんでも許してくれると思っているのか。彼女だけでない。最近そんな光景がやたら目に付く。ついこの間も新幹線で順番を待っていたら、さーっと横から当然のような顔をして乗り込んで来る。やっぱり年配の女性だ。誰しも経験があるだろう。
■ 以前、暴走老人が増えていると書いたが、最近は日常茶飯事になってきた。役所をはじめ、いろんな窓口でわあわあ文句を言っているのはほとんどがお年寄りだ。口汚くののしっている姿を見ると本当に悲しくなってくる。それなりに理由があるのだろうが、それにしても最近はひどい。
■ 無分別な少年犯罪は大きく取り上げられるが、犯罪数は老人によるものが急激に増えている。少年犯罪は増えていない。新聞報道などをよく見ていたら、確実に老人の犯罪が目に付く。殺人なども多くは老人だ。万引きも老人が多いという。穏やかで、温厚な老人の姿はそこにはない。老人たちの心がぎすぎすしてきている。
■ 原因はやはり核家族化が大きいのではないか。子どもはもちろん、孫との接触が少なくなり、孤立化が進んでいる。孫を抱えた老人は変なことができない。孫の手前、良い格好をするからだ。孫には人間の徳を語らなければならない。老人にとって子どもや孫は生き方の防波堤のようなものだ。
■ やはり以前、新南陽地区で70歳代の老女がわずか7本だったか、畑のなすびを盗んだ罪で逮捕された事件があった。警察に突き出したのはやはり70歳代のお年寄りだった。常習犯だったのかもしれないが、切ない事件だった。地方でも、いやむしろ地方のほうが危ない時代になった。暴走老人が増える日本は原発とは違う怖さを持つ。どこかで核家族化を止めないと、子どもの道徳教育などの騒ぎではなくなる。そういう私も暴走老人予備軍だ。(中島 進)