クリスマス

12月21日、クリスマスの行事を行いました。
いつも通り、白熱したレポートをお届けします。
最後には、これからの意気込み、反省なども少々。


2000年12月21日
この日は「冬至」だった。
"冬至から畳の目一つ丈長くなる"と言われるように、この日を境に、
昼の時間が少しずつ長くなっていく。
また、"夏至南瓜(この日迄保存されていた南瓜)"というものがあって、
これを食べると風邪をひかないとの言い伝えがあるらしい。
どちらも、実生活で左程実感できるものでは無い為、どうでも良いことでは
ある。私が書かなければならないのは、"冬至"についてでは無く、今年最後の
行事"クリスマス会"についてなのだから・・・。

12月21日
13時
会場の準備も概ね整い、患者さんを呼び始める。
13時40分
会場に約60名の患者さんがスタンバイ。カメラを準備された方まで居られ、
我々やや緊張。
13時50分
14時開始予定だったが、予想外に早く用意が出来た為、「始めよう」との
決断が下った。こうして"クリスマス会"はスタートした。
ここで今回の"クリスマス会"の主旨について。
このイベントを始める前、患者さんへのアンケートを行った。
内容は、「どんな事をしたいか?して欲しいか?」だった。
集計の結果、「“見世物”的なものをして欲しい」との要望が多数を占めた。
これによって、今世紀最後の"クリスマス会"は、我々職員の"見世物"を行う事
となった。趣旨説明終了。


いよいよ始まった"クリスマス会"。
トップはやはり院長。挨拶をして頂きました。有り難うございました。
次は「ジングルベル」の大合唱。エレキギターで生演奏付きの豪華版。
そして、お次は"阿部マジック"。
この"マジック"について、私は左程期待を抱いていなかった。はっきり
言って、今年の紅白ぐらい期待薄だった。But、それは大間違いだった。
チャーチル阿部の素晴らしいMAGICに、我々呆然・唖然。これは、お世辞抜きに
凄かった。タバコが宙を浮いていた。種も仕掛けも分からない。それは、摩訶
不思議な世界だった。
"Magic"は、また出番がある為、次の出し物へ。
次は、B病棟介護の出し物。この人達が行ったのは、あの大泉逸郎さんの歌で
有名な「孫」の寸劇+歌。笑わせて頂きました。特に寸劇3人衆。爺さんと
孫(2人)のコミカルな演技。後の歌う面子も、笑って歌えてなかったよう
で・・・。面白かった。
その雰囲気を引きずって、またまたチャーチル阿部登場。何をしていたのかは
分からなかったが(裏方は何かと忙しくて・・・)、会場から響めきが起こって
いた。(本当の話です。)阿部ワールドが炸裂していたらしい。
お次は、「待ってました。」白衣の天使登場。でも、出てきたのは、サンタ
クロース・スタイルの看護婦達。さてさて・・・。途端、音楽が流れ出した。
この曲は・・・・・・。今入った情報で、「恋はスリル、ショック、サスペンス」と
判明。歌うは"愛内理奈"。「名探偵コナンの主題歌だ。当然この番組を見て
いる人には分かっただろう。白衣の天使ならぬサンタクロース・ウーマンズは
"パラパラ"を踊ったのだ。年齢に(数字には出さぬが)バラつきがあった為、
練習もかなりハードに行われていた。その練習の成果が発揮できたのか?
答えは、残念ながら緊張という要素が加わった事によって”Noに近いYes。
"しかし、このイベント後、患者さん達が、「あの踊りを教わりたい。」と
頼んで来たのだ。”パラパラ”パワー恐るべし。


サンタクロース・ウーマンズの後は、やっぱり"チャーチル阿部のSpecial
Magic”しかし、また見られなかった・・・。が、かなり盛り上がっていた。
最後は、花束(造花)贈呈まであったらしい。この素敵なマジシャンの出番は、
ここで華々しく幕を閉じた。ここで一息。私の出番。
この日、実習生が運良く(?)来ていた事もあって、彼の紹介を行った。
さて、いよいよ最後の出し物。C病棟介護の出番。
因みに、私もC病棟介護の一員でして、この企画を行うにあたり、かなりの
苦労をしたのでした。この苦労話は後ほど。
C病棟介護の企画は、”歌って踊る”モノだった。曲目は、「狙いうち」。
山本リンダの名曲だ。歌うは、我がC病棟一番の若さを誇る(20歳)女の子
彼女の両脇には、ウェートレス姿の男女(二人ともに21歳)。
ステージ下には、スーツで決めた3人の男女(男27歳・23歳・女23歳)
この6人構成で、ボーカルの娘以外は全てダンサー。はっきり言う。予想通り。
素晴らしく盛り上がった。音楽担当の策略で、二度歌うハプニングもあったが、
(この音楽担当者もダンサー予定だった。)もうワンダフルなステ−ジだった。
ボーカルの娘の、”和田アキ子”のような衣装(よくモノマネで着られている
ような赤いドレス)が適度に似合って、男ウェートレスも妙に似合って・・・。
「あー、よかったなぁ」って感じだった。このボーカルの娘を説得するのに、
ほぼ一週間。交渉初日は泣かれる始末・・・。ようやく口説き落とし、練習する事
約一週間。とうとう苦労が実を結んだ12月21日。長かった・・・。
これにて、全ての出し物が終了。
 


総評を婦長、事務長から頂き、いよいよ・・・。それは、毎年恒例の人気イベント
”院長サンタの登場”。いつも思う、なぜこれが一番盛り上がるのか?
悔しい事だけど、一番盛り上がるから毎年お願いしているという事実も
否定できない。こう書いているうちに、「新世紀」を迎えた。
一年を通しての反省、これからの私見等々を最後に書かせて下さい。
これを書き始めたのはどの行事からか定かではないが、美辞麗句がずらりと
並んだ文章ばかりだったような気がする。当然、すべて盛り上がったわけで
なく、中にはつまらないものも含まれていた。今回の行事のように、中身の
濃かったものは、稀少でであると断言できる。しかし、行事というものを
行っていくにあたり、担当者達はかなりの苦労をしているという真実も
存在する。この真実を見ている限り、私は美辞麗句を並べ続けるに違いない。
そして、この美辞麗句の陰で、多くの職員が、様々な葛藤を繰り返して行く
事だろう。私は、そんな人達に、何を言ってきたのだろうか?
文章と裏腹なきつい言葉を浴びせてきたのだろうか?
私は”言葉”というものについて、常々考えている。それは、自分の言った
何気ない一言が、他人を傷つけたり、不安にしたり、また大きな誤解を産んだ
りするからだ。特に、私達のような人間と接する職業ともなれば、この
”言葉”というものについて、かなり気を使わなければならない。
私は考えるだけでなかなか実践が伴わない自分がもどかしい。
このもどかしさを背負って、今年も様々な人達に意見し、励まし、評していく
に違いない。
最後に、私のレポートに関わって下さった方々並びに、行事に関係して下さった
方々へ。
有り難うございました。言葉でも、文字でも表せないくらい感謝しています。
2001年1月1日 MD