原たかしショー&踊り


8月16日、通所リハビリルームにおいて、"原たかしショー&踊り"を
行いました。

原たかし氏プロフィール
1984年7月に歌手デビュー。
87年6月「MC歌謡全国大会」で最優秀歌唱賞を受賞。
93年5月「湯けむり椿」でキングレコードヒット奨励賞受賞。
94年12月には、日本アマチュア歌謡連盟主催の歌謡コンテストで
「萩の母」が課題曲に選ばれる。
97年2月にはハワイ・オワフ島にて初公演。
98年には「萩の母」「酒ワルツ」が全国通信カラオケに登場。
2000年、新曲「大島情話:鰌(どじょう)」を発表。この他、オリジナル曲
として「夫婦ごころ」「男のまつり」等のリリースもあり、TVやラジオにと
マルチな活躍をしている歌手である。


2000年8月16日、例年の夏祭り介護職員と看護職員が協力し、祭りらしい
催し物を実施していたのだが、今年の祭りはかなり違った。なんと地元
出身の歌手、原たかしさんと地元の日本舞踊家達による豪華なステージが
披露されたのだった。特に今回は、プロの歌手によるステージが行われる
という事もあって外部の方も参加できるという、前代未聞な大規模なもの
となった。
13:00 どんよりと曇っていた空が俄に雨を撒き散らし始めた。「外部のお客
さんは果たして来てくれるだろうか・・・。着々と迫り来る時間が大きな焦り
と不安を駆り立てる。
13:20 患者さんが続々と集まり始め、13:30の開演を今か今かと待ちわびて
いた。その時、「あのーすみません。」と女性の声。外部からのお客さんが
ついに登場。それからは不思議なもので、今までの不安が嘘のように、次から
次へとお客さんが押し寄せてきた。
13:30 ほぼ会場一杯になった観客達はただただ始まりの第一声を待つばかり。


「みなさんこんにちは」司会者の第一声が響き渡る。開催の言葉、院長挨拶が
終わり、踊り子達の登場。トップバッターは小学2年生の女の子。あどけなさと
相まって、そのたどたどしい踊りが彼女自身の魅力を引き立たせ会場を魅了
していた。「舞妓」の曲に相応しい華やかさが会場一円を包み込んでいた。
次は「新祇園小唄」。小学5年生の女の子が踊るちょっと粋な踊りの世界。


素敵な少女たちの踊りの後は、大人の世界へようこそ。「忍ぶ雨」では、子供
には決して出せないなまめかしい大人の魅力が醸しだされ、これまでの世界
とは違う、魅惑の世界へと引きずり込まれていった。人を引きずり込むだけ
引き込んだ後は、なぜかいなせな「瞼の母」。さっき迄とはうってかわって
ちょっと伝法で鉄火な男の世界。粋な女の粋な男の世界。存分に楽しみました
次は4人で登場「芸者ワルツ」。見事に息の合った踊りを披露して頂きました。


続いて、「長良川艶歌」。傘の使い方が見事で、傘を人と見立てる表現の
豊かさと、紫の着物の艶やかさが見事にはまっていた。まだまだ続く
「華になれ」。扇使いが見事で、男の偉丈夫を見せつつ扇を遣う独特の演技。
一枚から二枚へと変化々々。そして最後に「おはん」。羽織遣いの素晴らしさ
にただただ目を奪われるばかりだった。ここでちょっと休憩。


ついに、原たかしショーのスタート。私たちは、プロの実際の声を聞く機会
には極めて恵まれていないため、もう期待感でドキドキしっぱなし状態だった。
曲が流れ始めた。グッと固唾をのむ。彼の発する音が我々の耳や脳髄を急速に
拡がり始めた。そして、その音は非常に心地よく我々の中へと染み渡っていった。
この不思議な心地よさに我々だけでなく患者さんものみこまれていった。
そのくらい上手い。そして粋であった。”心ときめく夢艶歌”のキャッチ
フレーズが安っぽく感じられるくらいに会場の全ての者が彼の虜となって
しまった。


こうして私達は”原たかしワールド”へと招待された。まるでディナーショー
のようで、ホストの原さんと司会者(専属の方らしい)の女性、音響の方の息が
ピッタリと合っていて、「これがプロの世界なんだ。」とただ感心するばかり。
特に、司会の女性と原さんの会話の掛け合いは絶妙だった。そうテレビで見る
”テレホンショッピング”のような光景。二曲目の歌「親父の背中」。我が病院
に入院されていたお父さんの思いでを語りながら、涙ぐんでいた原さんの姿。
思わず会場全体もらい泣きしてしまいそうな感覚が広がっていた。一転して
今度は新曲「鰌(どじょう)」。心浮き立つようなリズムと可愛らしい歌詞が前面
にでたコミックソング。こうしてショーの前半は幕を下ろした。
袖に引き上げてくる原さんの眼には沢山の涙が・・・。やはり実父の思いでに
感極まっていたようだ。


裏腹にステージに再度登場した踊りのアダルトチーム。「隠岐祝い音頭」に
合わせて傘をグルグル、グルグル。オレンジとグリーンの微妙な色合いが、
”ウーン、ミスティー”って感じで綺麗だった。踊りも十人一様に合っていて
見事の一言。そしてショー後半の始まり。「漁場の荒雄」日本海の荒々しさを
見せながら人と人との温かさを感じさせてくれた。そしてついに新曲「大島情話」が
ベールをぬぐ。この大島は萩の大島の事だそうだ。


ここで、原さんステージから下りた。会場のお客さん一人一人と握手をし始めた
のだ。それぞれと言葉を交わし、笑顔で応え、患者さんの中では号泣する人あり、
握手した手を離さない人もありと、見ていて嬉しくて仕方なかった。そして
驚いた事に一般の方からご祝儀と花束が・・・。”どこでいつ買って来たんだ
ろう?”ってもうフシギ。会場全てが感動の渦の中、原さんのステージは
惜しみ無く続いていった。そして花束贈呈。むかしから原さんをよく知っている
(らしい)患者さんと、美人看護主任から、お礼の挨拶と共に手渡された。
その花束を抱えながら歌ったのが「萩の母」。吉田松陰が母への思いを込めて
書いた文も盛り込まれたこの歌は”さすがヒット曲!”と思わず聞き入って
しまった。こうして大盛況のうちに・・と思ったら、”アンコール、アンコール
”この声が会場全体にこだましていた。手拍子と”アンコール”の声に押し
出されるような形で再び原さんが登場!!!。
原さんは笑顔に満ち満ちていた・・・。


(再び)こうして大盛況のうちにショーは幕を閉じた。大変だったのは、祭りの
後だった。興奮した患者さんが「原たかしに会いに行く!」と、それはもう手が
つけられないほど。宴のあとはわずかな余韻が私達を包み込んでいた。
いつの間にかすっかり晴れ渡った青空は、どこまでも澄み切っていた。