地域を越えて語り継がれる
長崎で語り継がれる偉業
偉業を語り継ぐ町
村井喜右衛門が漁場を構えていた長崎県香焼町では、現在も様々な形で喜右衛門の偉業が語り継がれています。
香焼町は、南蛮貿易で栄えた長崎港の入り口に位置し、美しい海と豊かな緑に恵まれた人口約5000人の町です。喜右衛門がオランダ船を引き揚げた当時は島でしたが、現在は、埋め立てにより長崎半島と陸続きになっています。
教育の現場でも
町では中学生や有志のグループなどが、地域のお年寄りから取材した民話や昔話などを基に、喜右衛門の偉業を人形劇や紙芝居という形で、文化祭などで町民に発表する活動を行っています。
また、学校の「総合的な学習の時間」や「調べ学習」でも喜右衛門が取り上げられ、多くの子どもたちが偉業について知っています。
徳山と長崎の結びつき
江戸時代、村井喜右衛門をはじめ、多くの徳山地方の人々が長崎地方に出かけて漁業などで活躍したり、交易をしていたことが古い資料から知られていて、香焼町などで見られる石造物に使われている花崗岩は、「徳山御影」ではないかともいわれています。
また、喜右衛門のオランダ船引き揚げを手伝った弟亀次郎は、その後も香焼の地にとどまり、その墓は町の浦上墓地に現存しており、今なお、子孫のかたが香焼町で暮らしています。
子どもたちに喜右衛門を紹介
香焼町立図書館 坂井 淳さん
香焼町では村井喜右衛門の存在が見直されるようになったのは、平成6年、お年寄りから香焼の昔話を掘り起こし、手刷りの小冊子を作ったのがきっかけでした。
図書館では、再編集した「香焼の昔ばなし」を、小学校などに出向いて紹介していますが、喜右衛門の話を語るたびに、エリザ号を引き揚げるための仕掛けの工夫など、とても智恵と勇気があった人だと思います。
これからも、資料収集やお話の紹介などを通じて、香焼の偉人、香焼の歴史上の人物として、伝承していきたいですね。

巻末のクイズ欄にも喜右衛門が取り上げられた
2002.09.15広報とくやまNo.1680
表紙裏
市民参加コーナー「わいわいパーク(1)」
お便りコーナー
特集「海がつなぐ人と歴史」(広報8月15日号)を読んで
村井喜右衛門のことを初めて知りました。地元からこんな立派な方が出ていたことを知ってとても誇らしい気持ちです。
(久米・30代女子)
村井喜右衛門の偉業が鎖国中の厳しい江戸時代に海外まで広く紹介されたことは私たち徳山人、山口県民にとっても「ほこり」に思います。これからも村井喜右衛門に負けない人物が徳山市から生まれることを心から念願しています。
(西金剛山・藤井良二さん)
遠く離れた長崎の香焼町で櫛浜の村井喜右衛門のことが語りつがれているなんて素敵ですね。今度香焼町を訪ねてみるつもりです。
(櫛浜・40代女子)
村井喜右衛門